東京高等裁判所 平成6年(行ケ)64号 判決 1995年3月15日
スイス国
ビール シーエイチ2501
原告
ミクロン エージー ビール
代表者
セオドール フェスラー
訴訟代理人弁理士
大菅義之
東京都千代田区霞が関三丁目4番3号
被告
特許庁長官 高島章
指定代理人
柳原雪身
同
涌井幸一
同
土屋良弘
主文
特許庁が、昭和61年審判第15475号事件について、平成5年10月28日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
主文同旨
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和52年11月16日、別紙1表示のとおりの図形と横書きの「MIKRON」の欧文字とを組み合わせてなる構成の商標(以下「本願商標」という。)につき、指定商品を第9類「成形機械要素、射出成形用金型、工作機械器具、工具」として、商標登録出願をした(商願昭52-80926号)が、昭和61年3月25日に拒絶査定を受けたので、同年7月24日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を同年審判第15475号事件として審理したうえ、平成5年10月28日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年12月1日、原告に送達された。
2 審決の理由
審決は、別添審決書写し記載のとおり、別紙2表示のとおりの「マイクロン」の片仮名文字を横書きしてなる構成の登録第1115153号商標(昭和46年7月10日登録出願、同50年4月14日設定登録、昭和60年6月18日存続期間の更新登録。指定商品第9類「産業機械器具、動力機械器具(電動機を除く)風水力機械器具、事務用機械器具(電子応用機械器具に属するものを除く)その他の機械器具で他の類に属しないもの、これらの部品及び附属品(他の類に属するものを除く)機械要素」、ただし、平成元年6月12日に確定した審決により、指定商品中「金属加工機械器具」につき登録取消し。以下「引用商標」という。)を引用し、本願商標と引用商標とは、外観及び観念の異同について論及するまでもなく、称呼において類似する商標であり、かつ、指定商品においても、本願商標の指定商品には、引用商標の指定商品に包含されている商品が存在し、その抵触関係にあるものと認められるから、結局、本願商標は、商標法4条1項11号に該当し、登録することができない、と判断した。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決は、本願商標から生ずる称呼についての認定判断を誤り、また、取引の実情についての考察をせずに称呼の類否のみで判断した結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 本願商標から生じる称呼について
審決は、「英語の成語ということのできない『MIKRON』の文字は、我国英語教育の普及の度合いに照らし、経験則上親しまれた英語の発音によって称呼される場合があるものというを相当とし、構成中の前半の『MI』は、例えば、『mike』を『マイク』、『mild』を『マイルド』、『mind』を『マインド』、『might』を『マイト』等々と発音される如く、『マイ』と発音され得るものと認められ、これよりは、『マイクロン』の称呼が生ずるといっても何等過言でないというべきである。」と認定しているが、誤りである。
(1) この認定は、我が国英語教育の普及の基礎にあるローマ字教育の結果として外国語又は外国語風の造語の発音が我が国で通常どのように行われるかという実体を無視した、飛躍した論理によるものである。
すなわち、我が国においては、英語教育は中学校から始められるが、それに先立ってまずローマ字を使って表音的に日本語を表記するローマ字教育が行われる。本願商標との関連で具体的にいえば、日本語の「ミ」の文字又は音について「mi」とローマ字綴りをし、逆に「mi」とローマ字綴りをされたものは「ミ」と読むように教え込まれるのである。
この教育は、記憶力の良い小学生の段階で行われ、かつ、基本の言語が日常使用している日本語であるため、ローマ字綴り及びローマ字綴りされた語の読みは、中学校から学習する英語に比し、容易にかつ確実に生徒の能力として定着し、しかも、この定着した能力は、生徒が成長して取引者・需要者として行動するようになってからも保持されている。そのため、我が国においてローマ字式の読み書きができる者の数は英語の比ではない。
一方、学校の外においては、明治以来の長年のローマ字教育と並行して、日常茶飯的に、人名、会社名、商品名等諸々の日本語をローマ字綴りに置き換えて、かつ、逆にローマ字綴りされた言葉を読ませる社会的事実及び慣行が広く定着している。
このようなローマ字教育及び学習並びに社会的慣行等による言語上の背景があるために、我が国では、英語を学習していない者もしている者も、ローマ字(欧文字)で表された言葉に接すると、当然のことながら、まず反射的に、その言葉をローマ字綴りによって表記されたものとしてローマ字読みをするのが普通である。
したがって、本願商標に接した者は、まず、「MIKRON」における「MI」という綴りについて直ちにこれを無理なく自然に「ミ」と読み、したがって、最初から全体として「ミクロン」と発音し、「マイクロン」と発音することはない。
そうすると、審決のいうような「我国英語教育の普及の度合いに照らし、経験則上親しまれた英語の発音によって称呼される場合」というのは異例のことというべきであるから、これを根拠とする審決の前記認定は誤りである。
(2) 仮に、審決のいうように、「MIKRON」の文字が英語の発音によって称呼される場合があるとしても、その場合の発音も「ミクロン」となるのであって、「マイクロン」の称呼は生じない。
すなわち、実際に英語の辞書を参照すれば容易にわかることであるが、英語において「mi」を語頭に置く単語であって「ミ・・・」と発音されるものは、「マイ・・・」と発音されるものに比し、はるかに多く、我が国における英語教育の過程で、英語の単語中の「mi」の綴りについては「ミ」と発音するのが原則的、一般的であると教えられているのである。
審決が、「マイ・・・」と呼ぶ例として挙げた「mike」、「mild」、「mind」、「might」は、いずれも不適切といわなければならない。
まず、「mike」についていえば、その発音である「マイク」の「マイ」を本願商標の「MI」に当てはめるのは筋違いである。本願商標においては、「MIKERON」ではなく「MIKRON」の綴りが用いられているのであるから、「MIKRON」は「マイクロン」ではなく「ミクロン」と発音されると直ちに考えるのが筋である。
また、本願商標を構成しているのは「MIKRON」であって、「MILDON」や「MINDON」ではなく、ましてや「MIGHKRON」ではないのであるから、「mild」、「mind」及び「might」を本願商標の発音の根拠にするのも不当である。
(3) このように「MIKRON」の文字が「ミクロン」と発音され、「マイクロン」と発音されないということは、被告が過去に同様な例についてした判断例をみても明らかである。
すなわち、本願商標の指定商品と同じ商品区分第9類において、商標「マイクロン」の出願中に、商標「MIKLON」が出願され、いずれもが独立して登録され(甲第2号証の1~4)、同区分旧第18類(同区分第10類に相当する。)において、「MIKRON」が登録され、その存続中に(甲第2号証の5、6)、「マイクロン」が出願され登録された(甲第2号証の7、8)事実をみれば、審決の前述のような判断が、いかに妥当性を欠くものであるかは明らかである。
2 類否判断において考慮すべき取引の実情について
本願商標と引用商標との類否判断においては、単に文字部分を形式的にみた場合の称呼の類否のみならず、商品、取引者・需要者の性質等のその他の要素をも含めて総合的に判断すべきであるから、本願商標が取引においてどのように使用され、取引者・需要者にどのように認識されているか、という取引の実情を考慮すべきであり、これによれば、本願商標は「ミクロン」としてのみ使用され、認識されていることが明らかである。
しかるに、審決は、単に観念的に本願商標と引用商標との称呼の類否について判断したのみであり、現実に商品の誤認混同が生じるかという点についての考察を欠くものであるから、誤りである。
(1) 現実の取引の場面において、原告及びその関係者の使用する「MIKRON」の文字については、「ミクロン」とのみ称されている。
すなわち、原告及びそのグループ会社はその発足以来、いずれも「MIKRON」の文字をパンフレット等において世界的に使用している(甲第3号証の1)。我が国の場合についてみると、登録出願人としての原告の名称自体がまず「ミクロン」の文字を含んでおり、我が国における販売会社も、「MIKRON」の日本語としての読みである「ミクロン」を用いて「株式会社ミクロン東京」という名称になっている。
また、原告製品について頒布されたカタログ、雑誌等においても、「MIKRON社」が「ミクロン社」として記載されているのである(同号証の2~9)。
例えば、図形と横書きの「MIKRON」の欧文字とを組み合わせてなる本願商標が、その表紙その他の頁、写真に写されている商品自体に明瞭に表示され、特に表紙の本願商標の表示の直下には「ミクロン社」なる表示が大きくなされていること(同号証の2)、カタログ中に、大きな文字による「ミクロン」の記載があるほか、写真に写されている商品自体に本願商標が商標として表示されていること(同号証の3)、本願商標が数頁に表示されているほか、写真に写されている商品自体にも明瞭に表示され、商品説明文には「ミクロン歯切り盤」、「ミクロン機」なる記載があること(同号証の5)、さらに、「ミクロン社(MIKRON)」の文字が表示されていること(同号証の7)、本願商標と「ミクロン」、「株式会社ミクロン東京」の文字が表示されていること(同号証の8)等から、「MIKRON」の文字が直ちに「ミクロン」と発音されることは明らかであり、少なくともこれらの事実から、本願指定商品の取引者・需要者は、「MIKRON」の文字を「ミクロン」と発音するものと直ちにかつ自然に認識し、記憶するものであって、「マイクロン」と発音することがないのは明らかである。
(2) 前記パンフレット等からも容易に分かるように、商品の性格として、本願指定商品は、一般大衆が購入するような、いわゆる大量生産、大量販売される類いの安価な消費財的な商品ではなく、高価で長期間使用する商品である。
すなわち、特定の分野に限定される取引者・需要者が専門的知識のもとにカタログ等の記載その他を注意深く確認しながら、複数の製造元から供給される同種の製品を慎重に選択する性質の商品であって、カタログ等に表示された商標に対する注意度も当然極めて高く、商品の異同とともに商標の異同も容易に認識される。
原告の製品には本願商標が大きく見やすく表示されているため、カタログ等から得た商標に関する情報との符合も簡単に確認され、事実、数十年前から現在に至るまで、本願商標を付した原告製品は「ミクロン」の称呼で取引されていて、「ミクロン」といえば直ちに本願商標を想起する程に認識されており、「マイクロン」の称呼から本願商標を誤認して取引された例は一切ない(甲第5号証の1ないし26)。
したがって、取引者・需要者において本願商標は引用商標と誤認混同するはずもない非類似のものとして、容易に認識されるものである。
(3) 被告は、特許庁における審査、審判の手続過程中において、原告が取引の実情について積極的に主張しなかった点を非難するが、これは、原告が本願商標と引用商標とが類似しないことを確信していたからにすぎないし、仮に審判段階において積極的に主張していない場合でも、取引の実情をも考慮しなければならないことは、最高裁昭和43年2月27日第3小法廷判決の趣旨から明らかであるから、被告の主張は失当である。
以上のとおり、審決は、単に観念的に本願商標と引用商標との称呼の類否について認定判断するのみで、現実に商品の誤認混同が生じるかという点についての考察を欠くものであるから、誤りである。
第4 被告の反論の要点
審判の認定判断は相当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。
1 原告の主張1について
(1) 原告の主張する我が国におけるローマ字教育は、小学4年生の半年間で履修する科目「国語」の教科書中の僅か4頁に「ローマ字の表」の見方及びローマ字の書き方について学ぶ旨の記載が見いだされるにすぎない(乙第3号証・光村図書出版株式会社発行の教科書「国語四上かがやき」)。
これに対し、我が国の英語教育は、義務教育期間中である中学校のみならず、高等学校、大学を通じて行われる主要な科目に属する最も普及度の高い外国語教育であって、ローマ字を使用する他の外国語、例えば、フランス語、ドイツ語、スペイン語等々に比較して、英語が最も親しまれた外国語である。
したがって、ローマ字綴りによって表記されたものは、一目してこれがローマ字読みにすべき特段の事情が存する場合は格別、何の制約もなければ、これに接する取引者・需要者は、通常まず英語風に発音すると理解するのが社会通念に照らして相当である。
このことからすれば、本願商標を構成する文字「MIKRON」は英語の成語ではないが、我が国の英語教育の普及の度合いに照らして、経験則上、英語風の「マイクロン」の称呼が生ずるものであるとした審決の認定に誤りはない。
また、日本語をローマ字綴りで表記する場合には、日本語の音節に則して、例えば、「ミクロン」は、「MIKURON」の如く表記され、「ク」の音は、子音「K」と母音「U」の結合によって表記されるところ、「MIKRON」は明らかに「ミクロン」のローマ字表記「MIKURON」ではない。仮に、これをローマ字式に、語頭の「MI」を「ミ」と発音するとした場合、これに続く「KRON」の内の「K」については、ローマ字式に発音することが不可能なものといわざるをえない。
したがって、これをローマ字式に発音しなければならない理由はない。
(2) 原告は、英語であっても「MI」が「ミ」と発音される場合があることを述べているが、審決は、本願商標から「ミクロン」の称呼が生ずることを必ずしも否定していないのであって、「MI」が「ミ」と発音される場合があることをもって、直ちに「ミクロン」の称呼のみが生ずるとの原告の主張は失当である。
(3) 原告は、過去の判断例を挙げて、「MIKRON」の文字が「ミクロン」と発音され、「マイクロン」と発音されない旨主張するが、過去の一時期に「MIKRON」と「マイクロン」が同時に商標登録された事実があったとしても、商標の類否判断の基礎となる商取引の実際は、常に刻々と推移変遷するものであるから、商標の類否判断に当たっては、必ずしも、本件とは事案を異にする過去の登録例等に拘束されなければならないとする理由はない。
2 原告の主張2について
(1) 原告の提出する証拠によっても、その使用例中の「ミクロン社」及び「ミクロンヘスラー」は、原告若しくは訴外「MIKRON HAESLER」の商号に対応するものであって、これをもって商標中の「MIKRON」の文字の称呼を特定しているものとはいい難い。
仮に、「MIKRON」の欧文字と「ミクロン」の片仮名文字とが結果として同時に使用されているといえるとしても、その証拠はごく僅かであり、また、これらが原告若しくは原告の代理店とみられる各社の作成した商品あるいは業務内容の一方的な紹介カタログであってみれば、その使用の時期、期間、数量を把握できるものでもなく、これをもって、「MIKRON」が「ミクロン」とのみ称呼されなければならないとする程に繰り返し大量に使用されてきたものとする根拠とはなりえない。
そうすると、原告提出にかかる証拠をもってしても、「ミクロン」の文字部分が必ずしも本願商標を構成する「MIKRON」の文字を表すものとして使用されたものということができないばかりでなく、他に「MIKRON」が「ミクロン」とのみ称呼されなければならない理由もないから、その商品の取引者・需要者間に、本願商標を構成する「MIKRON」の文字を「ミクロン」とのみ称呼すべき特段の事情があるともいえない。
(2) 原告の提出する証明書(甲第5号証の1~26)については、証明書の作成者が会社を代表する立場にない者であったり、役職にないか、あるいは既にその職にない者である等、証拠能力に欠けるものが多いうえ、各証明書は、その証明内容が具体的であるにもかかわらず、いずれも同じ書式によることから、客観的にその内容について証明しうるものであるか疑問である。
原告は、特許庁における審査、審判の手続過程中において、上記子細については一言も触れなかったのであり、商品の取引に関する実情について主張することを放棄したものといわなければならない。
第5 証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。
第6 当裁判所の判断
1 審決は、「本願商標と引用登録商標とは、外観および観念の異同について論及するまでもなく、称呼において類似する商標であり」(審決書5頁7~9行)として、称呼において類似することのみを根拠に、両商標が類似すると判断している。
しかし、商標の類否は、対比される両商標が同一又は類似の商品に使用された場合に、商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきところ、それには、そのような商品に使用された商標がその外観、観念、称呼等によって取引者・需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべきであり、しかもその商品の取引の実情を明らかにしうる限り、その具体的取引状況に基づいて判断すべきものであり、商標の外観、観念又は称呼の類似は、その商標を使用した商品につき出所の誤認混同のおそれを推測させる一応の基準にすぎず、したがって、上記三点のうち、その一において類似するものでも、他の二点において著しく相違することその他取引の実情等によって、なんら商品の出所に誤認混同を来すおそれの認めがたいものについては、これを類似商標と解すべきではない(最高裁昭和43年2月27日第3小法廷判決・民集22巻2号399頁参照)というべきである。
そこで、本願商標と引用商標とを対比すると、両商標の構成が別紙1及び2のとおりであることは当事者間に争いがなく、これによれば、本願商標は、黒塗りの正方形の中にやや模様化したMの文字の下部に6個の歯を持つ歯車と見られる形状をそれぞれ白抜きとして表した特徴のある図形の右に、Mの文字を他の文字よりやや幅広にして「MIKRON」と横書きした文字を配した構成からなるのに対し、引用商標は、片仮名文字で「マイクロン」と横書きしてなる構成であり、両者がその外観において、著しく相違することは明らかである。
また、本願商標の「MIKRON」の文字部分から生ずると認められる「ミクロン」の称呼からは、千分の一ミリメートルを意味するミクロンの観念、あるいは、日常生活的にごく小さいものという観念が想起されるが、引用商標の「マイクロン」からは、我が国の外国語の知識の普及状態からして、必ずしも上記と同じ観念が直ちに生ずるものとは経験則上認めることはできず、両者が観念において同一とみることは、早計にすぎるというべきである。
そして、MIKRONグループが作成し、海外及び我が国で配布していると認められるパンフレット(甲第3号証の1)の表紙には、上記特徴のある図形が一頁大で掲載され、以下の各頁には、この特徴のある図形と「MIKRON」の文字よりなる本願商標が(R)のマークを付して記載され、ミクロン社の「精密中ぐりフライス盤」と題するパンフレット(同号証の2)の表紙には、本願商標とその直下に「ミクロン社」の文字が記載され、株式会社KGKの総合カタログ(同号証の3)中には、「ミクロン社(スイス)CNC精密中ぐりフライス盤WF41C」、「ミクロン(スイス)」の記載があるほか、本願商標が付せられている商品の写真が掲示されていることが認められる。
また、株式会社日本精機商会作成の「MULTIFACTOR 50」と題するパンフレット(同号証の4)には、その表紙上段に、本願商標の右に「HAESLER」の文字を付した標章が表示され、その下に、「CH-2017 Boudry, Neuchatel Switzerland」とその住所を記載して、MIKRONグループに属すると認められるスイス国所在の「MIKRON HAESLER」社の製品のパンフレットであることを明示し、その各頁には上記標章が記載されるとともに、同標章が付されている商品の写真が掲示され、MIKRON社の「CNC制御ボブ盤」と題するパンフレット(同号証の5)には、そのほとんどの頁に本願商標が記載されているほか、本願商標が付された商品の写真が掲示されており、商品説明文には、「ミクロン歯切り盤」、「ミクロン機」との記載があり、ミクロンマシニング&アッセンブリシステム部門刊行の「MIKRON gazz etta」(同号証の10)には、その第一面の題字部分に大きく本願商標が掲げられ、文中にMIKRONグループの事業内容と「ミクロンマシニングシステム」その他の商品が紹介されていることが認められる。
また、株式会社兼松KGKの総合カタログ(同号証の6)中には、「ミクロン社(スイス)」の製品として、本願商標の付された「CNC精密中ぐりフライス盤WF41C」がその写真とともに紹介されており、東京技販株式会社の「Tokyo Gihan」と題するパンフレット(同号証の7)には、同社の取り扱う輸入機械関係の商品の一つとして、「ミクロン社(MIKRON)スイス」の「ロータリインデックスマシン」が挙げられており、住友電工の「マシニスト」1988年32巻5号(同号証の8)には、MIKRON社の我が国における販売会社である「株式会社ミクロン東京」の広告が掲載されて、本願商標の付されたミクロン社の「ロータリーインデックスマシン」が紹介され、ハイデンハイン・ジャパン株式会社の「月刊生産財マーケティング」1989年4月号(同号証の9)にも、ミクロン社の「トランスファーマシン」が本願商標とともに掲載されている。
さらに、日本工作機械輸入協会作成の会員名簿(甲第6号証)には、正会員(第一部・第二部)60社の内に「株式会社ミクロン東京」が挙げられていることが認められる。
これらの事実によれば、原告を含むMIKRONグループの製品は、専門的にその性能品質が吟味されて購入される工作機械等の製品であって、特定の分野に限定される取引者・需要者によって取引される商品であり、上記特徴のある図形と「MIKRON」の文字との結合からなる本願商標は、スイス国に本拠を置く原告を含むMIKRONグループの工作機械等を主力とする商品を表示する商標として、「ミクロン」の称呼でもって、我が国の取引者・需要者に認識されているものと認めて差し支えないものというべきである。
このことは、その記載内容から、原告と取引のあった関係者の作成に係るものと認められる「証明書」(甲第5号証の1~26)において、本願商標は、スイス国所在のミクロン エージー ビール社(旧社名:ミクロン マシネンフアブリク アクチエンゲゼルシヤフト)が、「工作機械器具、工具」等の商品に付して、古くは昭和35年4月から現在に至るまで永続して使用されてきたもので、取引者及び需要者間において「ミクロン」の称呼で認識されている旨が記載されていることからも、裏付けられるところである。
このように、我が国において既に30年以上の取引の実績がある本願商標の現実の使用状況にかんがみれば、初めて本願商標に接する取引者・需要者も、本願商標が当該業界において「ミクロン」として通用していることは容易に知ることができ、「マイクロン」と呼んでは本願商標を示したことにならないことは直ちに認識することと認められる。
以上によれば、「マイクロン」と片仮名書きされたにすぎない引用商標と上記特徴のある図形と「MIKRON」の文字の結合した本願商標とは、上記取引の実情を踏まえて取引者・需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察した場合、商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれはないというべきである。
2 被告は、原告提出の上記各証拠は、いずれも証拠能力がないか、あるいは疑問がある旨主張する。
しかし、前記パンフレット、カタログ等が原告商品の取引に関して通常使用されており、その性質上、相当多数の部数が当該業界に配布されていることは、容易に推測できるところであり、前記証明書の作成者が会社の役職についているか否かは、証拠能力には関わりのない事柄であるから、被告の主張は採用することができない。
また、被告は、特許庁の審査、審判の手続中において、商品の取引に関する実情について原告が主張しなかったことを非難するが、前記最高裁判決の趣旨に照らすと、審判段階において積極的に証拠を提出しなかったことを理由に、本件取消訴訟において取引の実情に関する証拠の提出が制限されるものと解することはできないから、被告の主張は採用できない。
3 以上によれば、本願商標と引用商標との類否判断において、外観及び観念の異同、本願商標の使用状況を含めた取引の実情について何ら検討することなく、「MIKRON」の文字から英語風の「マイクロン」の称呼をも生ずることのみを理由に、直ちに本願商標を引用商標は類似するとした審決の判断は誤っているといわなければならず、審決は違法として取消しを免れない。
よって、原告の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)
別紙 1
本願商標
<省略>
別紙 2
引用商標
<省略>
昭和61年審判第15475号
審決
スイス国 ビール シーエイチ2501
請求人 ミクロン マシネンフアブリクアクチエンゲゼルシヤフト
東京都千代田区麹町6丁目1番18号 麹町共栄ビル6F
復代理人弁理士 大菅義之
東京都新宿区新宿1丁目31番3-808号 久木元特許事務所
代理人弁理士 久木元彰
昭和52年商標登録願第80926号拒絶査定に対する審判事件について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
本願商標は、別紙に表示したとおりの構成よりなり、第9類「成形機械要素、射出成形用金型、工作機械器具、工具」を指定商品として、昭和52年11月16日に登録出願されたものである。
これに対し、原査定において、本願の拒絶の理由に引用した登録第1115153号商標は、「マイクロン」の片仮名文字を横書きしてなり、第9類「産業機械器具、動力機械器具(電動機を除く)風水力機械器具、事務用機械器具(電子応用機械器具に属するものを除く)その他の機械器具で他の類に属しないもの、これらの部品及び附属品(他の類に属するものを除く)機械要素」を指定商品として、昭和46年7月10日に登録出願、同50年4月14日に登録がなされ、昭和60年6月18日に商標権存続期間の更新登録がなされたものである。
なお、引用登録商標の商標権は、商標権一部取消し審判の請求があった結果、指定商品中「金属加工機械器具」について、登録を取り消すことが審決され、既に、平成元年6月12日に確定しているところである。
よって按ずるに、本願商標は、別紙に表示したとおり、図形と文字の組合せよりなるものであるところ、該構成よりは、まとまりよく表現された図形部分と離れて、構成中の「MIKRON」の文字もまた独立して自他商品識別標識としての機能を果たすものと認めらる。
しかして、英語の成語ということのできない「MIKRON」の文字は、我国英語教育の普及の度合いに照らし、経験則上親しまれた英語の発音によって称呼される場合があるものというを相当とし、構成中の前半の「MI」は、例えば、「mike」を「マイク」、「mild」を「マイルド」、「mind」を「マインド」、「might」を「マイト」等々と発音される如く、「マイ」と発音され得るものと認められ、これよりは、「マイクロン」の称呼が生ずるといっても何等過言でないというべきである。
そうとすれば、その構成文字に照らして、本願商標からは、「ミクロン」の称呼が生ずるほか、「マイクロン」の称呼をも生ずるものというを相当とする。
一方、引用登録商標は、「マイクロン」の片仮名文字よりなるものであるから、「マイクロン」の称呼が生ずるものであること明らかである。
してみれば、本願商標と引用登録商標とは、それぞれ生ずる共通の「マイクロン」の称呼において、彼此互いに相紛れるおそれのある類似の商標である。
また、両商標の指定商品について検討するに、本願の願書に記載された表現によれば、その指定商品の範囲は、必ずしも判然としているものではないが、本願指定商品中の「射出成形用金型」については、「プラスチック成形加工機械」に「射出成形機」の部品又は附属品の「金型」が存する(「新編 国産機械総覧」東京図書株式会社 発行 プラスチック成形加工機械の項参照。)ことから、提出にかかる「物件提出書」のカタログの内容と合せ勘案するに、上記商品は、商品区分第9類中の「産業機械器具」に属している「その他の産業機械器具」の範疇に属するものであるということができる。
他方、引用登録商標の商標権は、商標権一部取消し審判によって「産業機械器具」中「金属加工機械器具」についての登録が取消されたものと認め得るところ、上記「産業機械器具」中の「その他の産業機械器具」については、未だ、商標権が残存しているものということができる。
したがって、本願商標と引用登録商標とは、外観および観念の異同について論及するまでもなく、称呼において類似する商標であり、かつ、指定商品においても、本願商標の指定商品には、引用登録商標の指定商品に包含されている商品が存在し、その抵触関係にあるものと認められるから、結局、本願商標は、商標法第4条第1項第11号に該当し、登録することができない。
よって、結論のとおり審決する。
平成5年10月28日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
請求人被請求人のため出訴期間として90日を附加する。
別紙
本願商標
<省略>